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ガーデンフィロソフィ
(4)魅せられた植物とは?〜なんの魅力にとりつかれているのか?〜

 オープンガーデンをしようと思っておられる方、現に実行されている方は英国のような行き着いた園芸文化を目指しておられる方がほとんどだと思いますが、皆さんそれぞれにこだわりのある、魅せられた植物があるのではないでしょうか。
 私の場合、ランがそうなのですが、仕事柄世界各国を訪問した際に見たランに関わっている人たちのオープンガーデンについてご紹介したいと思います。
 父が洋蘭の輸入販売などをしていたため、物心着いたときには、家とは別に木造のガラス温室があり、なかには大型冷房設備が完備した冷房温室(ちなみに子供部屋にクーラーが付く以前からありました)があり、さらにわざわざアメリカから輸入した瓦でできた洋館立ちのオフィスまでありました。こんな環境で大きくなったわけですから、ランと西洋を意識せざるを得ませんでした。なぜこれほどまで父はランを大切にし、愛情を注げるのかが不思議でたまらなかったものです。大学で園芸学部に進み、ランの研究をさせて頂いて、ようやく父が魅せられていた気持ちが少し理解できました。
 ランは他のどんな植物よりも種類が多く、派手な交配種から、わびさびを感じさせる原種まで、様々な美しさが堪能できます。ですから、一度はまると絶対に抜け出せない世界だと言われています。そんな魅惑の世界観が欧州、米国、豪州、東南アジア諸国、いや世界中の至る所に存在しているのです。どこの外国を訪れても、ラン好きがいて、ラン屋が存在します。どこに行っても世界共通語の学名(ラン特有の訛がある)を使い、巧みに意志の疎通を行います。

 彼らのオープンガーデンは入り口から、隠されたグリーンハウスまで続いており、奥のグリーンハウスにたどり着くことに意義があるのです。英国では、表側がパブリックな庭で、裏側はプライベートな庭になっていることが多いようです。全く違った雰囲気を持つ裏庭は本来家族だけの楽しみの場になっています。来訪者がランの価値を理解できない場合は、当然プライベートな奥のグリーンハウスまでは案内してもらえません。ですから私にとってオープンガーデンという文化よりオープンハウス(オープングリーンハウス)という文化がなによりも素晴らしい文化であるという認識が昔からありました。彼らは一番大事なものは奥深い人目に付かないところに置くという意味から、グリーンハウスは庭の一番奥に建てることが多いのです。


 そもそもこのような文化になっていったきっかけは、プラントハンターに帰するものでしょう。200年前、プラントハンターにより英国に持ち込まれた洋ラン類は、試行錯誤の上ようやく栽培法が見つかっていくわけです。それまで「英国は世界中のランの墓場」とさえ言われたほどでした。しかし栽培法をマスターすると、愛培しているランたちは、50〜100年生き続けるので生活の中にとけ込みます。そして、丹誠込めてつくったランたちが開花したときにオープンハウスというイベントを起こすのです。それは皆さんが行うオープンガーデンと同じものだと思ってください。
 しかし彼らはあくまでも『趣味の園芸家』なのです。彼らは当然、『庭の園芸装飾家』としての顔も持っています。さらに素晴らしいことは『心の知性家』でもあるのです。うわべだけは真似できても、本物になるには『探求心』がいると思います。ものに対して『敬意の念と謙虚さ』が必要です。心に知性がないとただのオタクと呼ばれるような独りよがりの人種となってしまうからです。

 そのような実状を幼いときに父から延々と教わりました。門前の小僧と呼ばれても反論の余地はありません。「植物には全て学名があること」、「その種の原生地の気候を熟知すること」、「自ら輸入し開花させたあとは必ずポジフィルムに記録すること」、「交配して新しい品種をつくること」、「繁殖率が悪い場合は、バイテクを使って殖やすこと」、「協力し合って、展示会を興すこと」、「国際交流を図るために英語とスペイン語を学ぶこと」、などです。
 現在の大型の国際ラン展が行われるようになったのも、全て前述のような背景があったからだと思います。英国や米国の価値観と同等にならない限り、世界的なネットワーク作りは不可能でしょう。
 我が国では15年前に行われた『世界蘭会議』以来、様々な鉢物を使ったディスプレイ、いわゆる大型のポットプラント・アレンジメント(大型ディスプレイ)が考案されてきました。ラン展ではいかに目を引くものができるかという点を踏まえてディスプレイを心がけています。

 そこには原生地を真似たジャングルタイプ、センスが問われるオブジェタイプ、ランを絵の具のように使った風景画タイプなど、大きく3タイプに分類されます。ディスプレイではいかに魅せるか?、いかに立体的にするか?という点が問われます。人の5感にうったえるような『光の点滅』、『水の流れ』、『電気仕掛けの緩やかな動き』、『音(BGM)』、『香り』などで来場者を魅了し、最終的に『原種のなかで選りすぐられた変種の大株作り』で納得させるスタイルが確立しています。最近でこそガーデニングブームに押され、ややマンネリ化した感も否めませんが、それでも今年も11月の福岡ドームを皮切りに、東京ドーム、東北、名古屋ドーム、神戸、岡山と5月まで続くのです。

 国際ラン展を興す際に最も苦労した点は、東洋蘭業界、野生ラン業界の国際化だったのです。洋ラン業界から見れば、それまで日本産ラン科植物業界との接点が全くなかったわけですから、彼らには学名の認識も、交配後に王立園芸協会に登録することも全く知らなかったわけです。当時、和名は熟知していても、学名がわからない。種内交配なのか、異種間交配なのかさえも、区別できないようでした。いまだに日本産ラン科植物の学名を審査前の受付では提示しています。審査員には海外の方もいらっしゃいますので、和名だけでは伝わらないのです。ですから世界共通語の学名を出品ラベルに提示して行う必要があるのです。交配種を出品する場合は、その両親にあたる品種名も、戸籍抄本(サンダースリスト)で調べて出品することも15年経過してようやく定着してきました。その中でも最も厳しい規則は、ラベルがないものや札落ち株は絶対に出品できないという規則です。そのような厳しい規則によって、国際ラン展が成り立っていることも知っておいて頂きたいと思います。

 結局、時代と共にオープンガーデンの資質も変化していくでしょう。バラにこだわったガーデン、ユリにこだわったガーデン、シャクナゲにこだわったガーデン、そのようなこだわりを持った庭造り、ジャンル別のオープンガーデンが開催される日がいつか訪れてくると思います。
 シラン(Bletilla striata)などは春先の園芸店に出回る安物の球根植物(鉢物)というイメージがありますが、実はれっきとした世界に誇れるラン科植物です。欧米人は『Hardy Orchid』と呼び、これほど寒さに強いランはないと評価しています。サギソウ、フウラン、キエビネなども欧米人が喜ぶ、日本原産のランです。このような日本原産のランは実際にたくさん存在しているので、これらをガーデニングに用いることにより、日本特有のガーデンを構築できるのではないでしょうか。
 なにを魅せたいのかを知ることが始まりだと思います。あくまでも園芸デザイン、装飾園芸を目指すのなら、植物の配置、配色だけを意識し、庭造りを行えばいいでしょうが、欧米人にもひけをとらないレベルに達するには、『育種も踏まえた園芸家』という前提で『装飾園芸家の顔を覗かせる』といった順序がなによりも大切だと思われます。

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